小説『プラスチック・ワールド・ウェポン』#1

ダンバインって知ってる?」
「はあ?知らねえよ」
「俺も知らないけど、ロボットっぽいんだよな、ロボットにトンボみたいな羽が生えてるんだよ、グロくてお前好きだろ」
「ふーん」
俺は昆虫の羽が生えたガンダムを想像した。とてもちぐはぐなイメージだが、UU(ダブルユー)の言うダンバインというロボットはもっと納得感のあるデザインにまとまっているのだろうか。胸のポケットから煙草を取り出し、火をつける。
「まだ吸ってんのかよ、よく吸えるな。もう誰も吸ってないしここだって」
「禁煙、だろ。知ってるよそんなことは」
「『Bを愛せ』」
「また何だよ急に」
「これにはちゃんと意味がある。だが『B』が何なのかを俺は知らない。お前がいつか、知らない間にBを愛することになるかもな」
『Bを愛せ』。UUが言ってるのは多分…いや、何もわからない。何かを想像することでBを何かだと思い込んでしまったら、意味の檻に囚われてしまったら、例えそれが絶対的真理だとしても、その言葉はいつか死ぬことになる。ウイルスのように、またはキャラクターのように。『Bを愛せ』はまだ、長生きしなければいけなかった。少なくとも、明日を超えなければ…

「一応聞くけど、ダンバインと『Bを愛せ』って何も関係ないんだよな?」
「そうだ。関係ない。ダンバインについても、『Bを愛せ』についても、俺は何も知らずに死んでいくんだと思うぜ。人生なんて煙草一本吸い終わるくらいの猶予だ。そんな一瞬に何ができる?何か、『この世の正解』について思いを馳せるくらいしか出来ないだろうよ。『正解は一つじゃない』」
また始まった。UUという男は、こうやって意味のないワードを繰り返し俺に聞かせて、俺の頭を揺れ動かすことだけを楽しみにしているのだ。
「これはミルキィホームズだけどな」
「それは『正解』か?」
「だから言ってるだろう。『正解は一つじゃない』。考え続けろよ穀雨アルジ」
「俺の名前を呼ぶなよ、嫌いなんだよ、名前」
「ウケるね、俺はUUって名前、結構気に入ってるぜ。俺が自分の人生に満足しているようにな」
この男は名前が人生のすべてだとでも言うのか。馬鹿げてる。死んだほうがいい。だがこいつが死んでもUUという名前は残る。



「また煙草ですか、マスター」
煙草の煙から突如出現したランプの精のように。身長140センチくらいの白っぽい華奢な少女が俺の視界に現れて、代わりにUUは煙のように跡形もなく消え去る。人間は儚い。
少女はアルビノのように全身真っ白で、でも目だけが赤く発光している。端的に言って、かなり可愛い可憐な少女。これが、兵器。

「あ?あぁ、そうだよ314。吸う?」
「馬鹿な。今時そんなものを吸ってるのはマスターくらいですよ。そしてマスターより愚かな人間なんてこの世の何処にもいません」
「そうかもなぁ、馬鹿みたいだよな」
「煙を吸えば、思い出せるんですか、UUという男を」
「あぁ、さっきも少し喋ったよ。聞いてたろ?そこでずっと編み物してたなら」
「編み物じゃないんですよ。何度言わせるんですか。これは錬金術です」
錬金術。かつて人類は錬金術を一度棄てた。だが、314などのナンバーズは皆、錬金術とかいう編み物同然の作業と、その作業の成果として得られる賢者の石…ただの石くれだが、それを糧に稼働している。錬金術は復活した。そしてあっという間に科学の功績を超えてしまった。

「そろそろ行きましょう、石の補充は終わりました」
Fateってゲーム知ってるか、314」
「知りませんよ。またUUの受け売りですか?やめてください。私までマスターみたいに頭がおかしくなるのは御免です」
Fateってゲームを俺はやったことがないけど、あれは確か、セックスで魔力を補充するんじゃなかったっけ」
「だから知りません、セックスって何ですか?」
「お、無知シチュ」
「セックスも無知シチュもどうでもいいんですよ、私達ナンバーズにとっては錬金術と石がすべてです。今こうしてマスターと関わっているのも、全部ストーリーズ殲滅の為に仕方なく…」
「はいはい、ツンデレアンドロイドがくちゃくちゃ言いやがって…。どうせデレるんだろお前」
「デレる…?もういいです、私は先に行きます。死にたくないならマスターもついてきてください、どうせマスターは雑魚なんだから戦闘が始まったら秒で死にますよ」
「わかってるよ、ついていけばいいんだろ。本当の主従関係があるわけでもないのに、どうしてお前は俺のことを初音ミクみたいにマスターマスターって呼ぶんだよ」
「本当にお粗末な記憶力ですね。あなたの祖先が私達を作ったときから、私達ナンバーズはあなた方、つまり旧人類のウェポンです。分かっているでしょう?」
「314も分かってるんだよな。だったらもっと俺に敬意を払って欲しいんだけど」
「あなたみたいなゴミカスに何故敬意を?」
「お前が俺に恩がないから今はそんなことが言えるけどな、そうはいかないからな」
「行きますよ」グイグイと、俺の襟を掴んで314が強引に進もうとする。俺は椅子から倒れてコーヒーと煙草を床にこぼす。俺はコーヒーと吸い殻まみれになりながら314に引っ張られていく。
「何すんだよ、いきなり」
「煮えてしまいましたので。行きますよ、クソ雑魚マスター」

俺と314は一旦俺の部屋に戻って、仮眠を取る。俺のウェポンか。スースーと寝息を立てる314を見ながら、口を開かなければただの可愛い娘っ子だなと思う。しかしウェポンである。殺戮兵器である。俺はまだ、こいつが本気で人を殺すところを見たことがない。一体どうやって殺すんだ?
体を寄生獣エイリアン9みたいに鋭利な武器にして戦うのか。それとも最終兵器彼女なるたるのようにデカいガトリングと羽を生やして空中戦をするのか。一体何をどうするつもりなのか。
そんな激しい戦闘が起きたら俺はどうすればいいのか?314曰く、俺は何もしなくていいらしいが、何もしないなら俺が戦地にわざわざ突っ立ってる意味も無いはずだ。
ストーリーズも存在は知っているものの、俺はストーリーズについて何も知らない。だってナンバーズの314についてさえ何も知らないんだ。知るわけがない。
もしかしたら、ナンバーズとストーリーズは案外、こいつがいつもやってる編み物で対決するのかもしれない。早く靴下を編めたほうが勝ち。それはいい。命の危険もくそもない。そんな穏やかな戦いが繰り広げられるとは全く思えないが、少しは期待してみよう。ここは鋼の錬金術師のように錬金術が発展している世界。俺やUUが居たような世界の常識は通用しない。